2017年1月1日日曜日

12月の雑記を振り返る1月1日



ときめきを与えよう。





何かを作れる手を持っているだけで、
ワクワクしてこないだろうか?





やってみないとわからなかったんだから、よかったんだよ。





犬がソファからおもちゃを落として、慌てて拾おうとする。

余計におもちゃが転がって取れないでいる。

「落ち着いてソファから降りて、後ろに回り込んで拾えば、あっさりと拾えるのになぁ。」


私を見守っている存在がいるなら、

同じようにそう言ってるかもな。




数日前、夢で、「許すことだよ」と聞く。
それが全てにつながった話らしいことは
なんとなく伝わってきた。




職人的なエネルギーの私と、原始的なエネルギーの私。








作る喜び。

その作品を手に取るだけで、その人の作る喜びが伝わってくる。

そういうものを作りたい。






思うように動けなかった時のことを思い出す。
今健康で、健康だということも無意識なくらいで。

なんだってできるんだよ。

失敗だって成功だってできるんだから。

いくらでも命を輝かせることができる。





好きなことのために捨てた大切な存在。
大切な存在のために捨てた好きなこと。
どちらもよーく知っている、気がする。





人って、性質があると思う、本来の。
それを受け入れられないのはつらい。

配役のようなもの。
自分のだけど、自分じゃない。

人の配役も、
その人だけど、その人じゃない。

本当の元のところは一緒の命。


わかってはいたけど、本質の私はとても自由人。
そう心底思った1月の1日。




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2016年12月27日火曜日

神様はこんな風に



神様の手はこんな風に

ふさふさと柔らかな毛で

覆われているかもしれない。


手先は刈り上げられていて、

いざというときは

この神聖な一手を下すのだ。





神様の目はこんな風に

伏し目がちで、長いまつ毛に覆われている。


うっとりとこの世を見ながら、

奥では目を光らせて、

一挙手一投足を見守っている。






神様の手 / 2016 / acrylic on paper / 22.7×15.8cm
神様の目 / 2016 / acrylic on paper / 14.0×18.0cm
彼女の胸にいる犬の話 / 2016 / acrylic on paper / 53.0×45.5cm

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2016年12月3日土曜日

惑星ーそれぞれの星の出身ー





石をモチーフとして描く時は

「在る」ということに向かい合いたい時。

「在る」ことを描かないと石は描けない。


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この絵が完成した数日後、

私はある人たちに会いました。


私が持っていないものをそれぞれに持っている人たち。


その人たちは、私にしかないものを教えてくれた人たちでした。


それぞれに輝いて存在感を放つ人々。

その空間までもが一体となって、

光を放っていました。




惑星ーそれぞれの星の出身ー/ acrylic on paper / 33.4×24.2cm

浸透していく光と影 / 2015 / pencil on paper / 27.3×22cm


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2016年11月30日水曜日

11月の雑記




11月某日

◎アートは正気に戻してくれる。
自分の立ち位置に、すっと静かに。
ずっとそうだったかのように。






◎何もできない時、静かになって、
じっとして、
ただ、今、ここに何があるかに気づいていく。

そうすると、今何をしたらいいかに気づく。

それは頭で考えた、計画的な何かではないかもしれないけど、
例えば「水を飲む」とか、
そういったことかもしれないけど、
それが自分を取り戻す、ということだったりする。

伏し目がちに、下の方を見て、ぼーっとしてみる。
ただそれだけを落ち着いてやる。
他のことは諦めて、それに徹する。
そうすると見えてくるものがある。
落ち着いて、諦めて、降参しきって、見えてくるものがある。




◎あの感覚をもう一度思い出したい。

とても厳しくて、切実な感じの。

決していやな感じではない。

もうそれをせずにはいられないような、
絶対的で、確信的で、ヒリヒリするような。

これしかないでしょ、
と誰が何を言おうと思えるあのこと。

本質的な会話ができる人との間で生まれた

ああ、とその前では膝を落とす感じで

私しかわからないだろうと思ったことを言葉にされて、
言葉にはせずとも、わかる人には伝わってしまってるんだなと
気が引き締まるも、なぜかとても嬉しいあの感覚。





ある人からおぼれた時の話を聞いた。
「何でおぼれたかわかる?
あせったからおぼれたんだよ。
あせらなかったらおぼれなかったよ。」




「このくらいでいいか」
「こんなものでいいか」
「こういう風にやっておけば...(まとまって見える)」
「もっともな感じのもの」
「説明のつくもの」
「形にしないと」
"一見"「いい感じのもの」

気をつけよう。




作品がこじんまりしてないか?
たとえ繊細なものを描いても。
力強さ、野性味、生命力。




使命がある人は強い。何があってもそこからブレないから。

私の、あなたの、使命は?

最近会って良かったと思う人は、会った後、厳しい気持ちになる人。

厳しさは悪者じゃなかった、11月の前半。




びっくりしたり、真っ白になったり、違和感を感じた時、思い出してほしい。
「私は伝えられる」って。
「私は」そっと話し始める。
それは相手に静かに浸透していく言葉だろう。

私のセンサーが「それは本当ですか?」と言っている。

物事には必ずいくつもの可能性があるものだから。
「あなたはそう思ってるんだね」
「私はこう感じるよ」




予想できることは記憶。
本当はいつだって想定の範囲外。

明るい方を見たい。
それしか道はない、と思ってしまうクセ。
必ず他に方法はある、と思うクセ。


光を知りたい、11月の後半。


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2016年11月9日水曜日

ふたご座26度



友人に星を読む人がいる。

私が生まれた時の太陽のサビアンシンボルというものを教えてくれた。

たまに読むと元気になるので書いておく。

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ふたご座26度「冬空をバックにした霜に覆われた木」

原点的な自己の存在のあり方をつきつめて探求するために、枝葉抹消して考えていくような姿勢。

世俗的な価値の拒否という禁欲的な姿勢も含めて、本質化にむかう厳しい意志を示している度数だ。

ルディアは自然界の周囲はある程度この試みを助けてくれると述べているが、

運命が衰運になったときや、状況が逆境になったときにわれわれは自分の原点を明確に感じるような裸の状況に遭遇する。

いろいろな可能性が封じられ、寒々しい状況のことだ。

でも、この度数の人はこの状況に自分を見つめる大きな機会を得ることだろう。

この人は発展的な事柄、円満な繁栄を好まない。本質をつねに求めて、枝葉を増やすことを望まない。

孤独な状況も好都合にはたらくはずだ。

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2016年10月31日月曜日

10月の雑記


10月某日。

◎大きな後悔が払拭されるくらい、
日常の中で大きな喜びがやってくることもある。

それはもうほんとにダメだと思ってしばらくして、
落ち着いてからというタイミングで。




◎かと思えば、とても厳しい現実を聞くことも。
一旦鵜呑みにしない、ということで。

週に一度くらいあのような人と会って話すといい。




◎逆境を好機と捉えていたあの頃。




◎心は天気のようなものと、いつものように思う。

天気に左右されない何かがあるならなんだろう?




◎変態のする仕事に感動する。




◎被害者にならない楽しさ。




◎卑下や脅威にヒントあり。

どんな物事にも神聖さを見ることができないのだとしたら、
ありのままに受けとめられないなら、
まったく美しいと思えないなら。

きっとそれにまつわる記憶があるのでしょう。




 ◎キーワードは「サプライズ」と「ストーリー」




◎一つ一つが儀式になるような、意識の通った動きのすべて。




◎おじさんたちの言うことは超えていきたいと思っている。




◎祈ることは、手放すことだと体感として落ちてくる。

◯◯になって当然、というくらいにやってみて、
もしそうならなくても、期待はしてない。

「当然」というのはそれくらい手放された感覚なのだ。

犠牲でも無理でもなく、
ただ淡々と生活を整えて、
物を丁寧に扱って暮らすような、
静かな息づかいのようなもの。

その上で、行動に起こしたことで現れた出来事に、
どう反応するのかを見ていくのだ。




◎清廉なものと繋がって




◎妄想することの楽しさ。
よく思い出し笑いしていたあの頃。




◎「いつまでも記憶とばかり遊んでいないでね 」


10月は一喜一憂の波乗り


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2016年10月27日木曜日

左を向く女性たち






「モロッコの女性たちはとても強いんだよ」

モロッコで働いていた友人が言っていました。


男性はどちらかというと、

陽気でおしゃべり好きでよく笑っている印象。


女性はその反対で、

寡黙で、強い意志を感じる深いまなざしが印象に残っています。




とりわけ、マラケシュのような商売の街であり、旧市街では、

たくさんの嘘と、とびっきりの笑顔がときにはセットになっていて、

生も死も、喜びも悲しみも、ごった混ぜの

いわゆるカオスの状態。


そこでやっていくには、

芯の強さや、本物を見極める目や、

きれいなものも汚いものも、

まるごと受け入れてくれる懐の深さが必要で、

それを女性たちの中に見ていたのかもしれません。




「瞑想の鏡」、「平和の鏡」とつけたタイトルは、

その混沌とした街で生きていくために必要な姿だったのだと思います。


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私は人物を描いても、顔を描くことはあまりないのですが、

描くとすると、左を向いていることが多いことにこの記事を読んで気づきました。


「クートラスの描いた横顔はたいてい左側を向いています。左は無意識で右が意識と言いますけれど、教会の正面扉のタンパンという彫刻もたいてい向かって左側が地獄です。
左右の明暗は道徳的な善悪という分け方より、隠されたものと現れたものと私は受け止めていますけれど。ヨーロッパは明るいものにばかり目を向けるので、クートラスは見られていない暗い方へ向かったのではないかしら。」(特別インタビュー ロベール・クートラス その世界 vol.3より)


モロッコの居心地の良さというのは、

目を向ける部分や、受け入れているものが、

明るくてきれいなものだけではないから。


光も闇も全部ひっくるめて、この街の美しさなのだと思います。








mirror of meditation / 2015 / acrylic on paper / 42.0×29.7cm

mirror of peace / 2015 / acrylic on paper / 42.0×29.7cm 

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