2017年11月19日日曜日

間違えた跡さえも美しい



この中でならどんな選択をしてもいい。

選択の連続。

間違ったら戻ればいい。やり直せばいい。

すべての軌跡がそこには残り、

間違えた跡さえも美しい。



絵の予備校で木炭紙に石膏のマルスを描いた。

形が大きくくるっていて、大幅に消して描き直した。

まるでマルスが動いたかのように、うっすら跡が残った。

その跡すらも講師は「かっこいい」と言ってくれた。



誰にでも、間違えたと思った人生さえも

「かっこいい」と言ってくれる誰かがいたらいいのに。





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2017年11月2日木曜日

自分に頼るようになる



日々いろんな人に頼っていると思うけど、

最近は自分に頼るという方がしっくりくる。


なんでこんなことを忘れていたんだろう。


度々わからなくなって、静かに1人の時間を過ごす。


でも必ず「声」は聞こえてくるので、待ったり意識したりしている。



これがわかってきたのは、世界から正解がなくなってきてからだろうか。




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2017年11月1日水曜日

祈ること






靈氣を習ったときに
五戒というのがありました。
「今日だけは」
ということばから始まります。

今日だけは
〇〇しよう
〇〇しないようにしよう

人間の性質は怠惰な部分もあるので
そのように自我を戒めるということなのかもしれません。
愛をもって。



手を合わせることは
感じることの練習です。
手と手の間に
エネルギーを感じます。


***


フラワーエッセンスの先生から
八手(やつで)のエッセンスについて聞いたこと。

受験生のお母さんが、
子どもの試験のときに八手の葉を服の背中に縫い付けて、
それがあたかも、
いってらっしゃいと信頼をもって送り出しているようだという話。



私がこの八手を描きながら感じていたことは、

周りの緑の葉は、
期待も手放すかのように大きく手を広げ、信じ切っている様子。

真ん中の寄せ集まっている葉は、
信じる前に何か力を蓄えているような、
内に秘めた願いがあるような
そんな印象を受けました。


祈ること“今日だけは” / praying “just for today” / pencil on paper / 2017
祈ること“夜明け前” / praying “before dawn” / oil on cotton / 2017


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優しいと厳しい



自分に優しくと言うけど、

厳しい優しさというのが

自分には特効薬であるときがある。

これは私の気質によるものか。


自然の中の寒さを、

「厳しくされている」と思うだろうか?


自分が自分にする厳しさ。

人にされる厳しさは好きじゃない。


ときどき、自分で自分にするように

人への厳しさが上手な人がいる。

それは愛のある厳しさというものだろう。


深い優しさというのは

甘ったるいものではなく

私にとっては深度によるもの。


尊重と理解があってのこと。





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2017年10月30日月曜日

メッセージ




「メッセージ」という映画を見た。

ハッピーターンみたいなUFOが突如地球に現れるあの映画。

ここ数日間のアップデート感からして

このタイミングで観るものだったんだろう。



絵を描くときもそうだけど、

すでに“あるシーン”を最初に見てしまう。

そこではこれから描く絵ができている。


想像できることは、実際にできることだというけど、

もうすでにそのシーンがあるからなのかもしれない。



それから、勝手に湧いてくる地球への使命感。

やっぱりあの絵を描かなくてはと

またすでにあるであろう“あるシーン”をみている。





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2017年9月1日金曜日

今日の次が明日かどうか





最近時間が変な感じだ、
と思っていた時に描いた絵です。


この絵を実が割れる前と後と見るのか?

本当に前と後という順番はあるのか?


今日の次が明日かどうか "1","2"/ whether the next day of today is tomorrow "1","2" / oil on cotton /33.3×24.2cm

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近ごろの雑記 9/1



「願うこと」と「祈ること」はどう違うのか?

「願うこと」はちょっとエゴイスティックな感じ。
自分の願望を叶えたいと思うこと。
まだ手放していない感じがする。

「祈ること」は「ある」ことを感謝している感じ。
「ある」がイメージだったとしても
見えているものは「ある」ものだ。
あたりまえのこと、当然なこと。
手放している。

どちらがいいとかわるいとかではない。





友人と話したこと。

「自信があるんじゃなくて、不安がない。」
若い俳優さんや女優さんにそういう生命力が強いタイプの人が
増えてきた気がすると。

最近考えていた似たようなこと。
「信じているんじゃなくて、疑っていない。」





一生懸命やるより、
「全体になること」に意識を向ける。

見えてくるものがある。

それを知らないうちにやっていることが
一生懸命なのかもしれない。





強いと弱い。

なんだか強く見えていたものがあやしい。

強いと思っていた人が
まわりの人を無意識に弱者と見ているからくりを
一瞬見た気がしてハッとした。
これは巧妙だった。

と同時に、
一見弱々しく、自分を語る人の強さが気になり出した。

強いのか、弱いのか?

ぐるっとひっくり返って
本当のことを見ている場所に立っていたいと思った。





絵を描くことは死ぬことだなぁ、と思う。
自我の死。

そうすると蘇ってくる何かがある。
体の細胞が喜んでいるような。





絵を描いていたとき、
これは自分を愛する行為だと思った。





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