2016年7月11日月曜日

コーヒー豆と犬の瞑想



たまに意味もなく、
ふと思いついたことを
これを描いてみたい、
という時がある。

本当に意味がないので、
後から説明しようとすると困ることもたびたびだが、
それをここでは瞑想とよんでみる。

コーヒー豆は均等に並べてある。
それぞれに表情があって
今にもうごめきそうだが、
この均衡を保って存在している。




犬の頭に石がのっている。
集中力、という気がする。
周りとのバランスを保ちながら。

瞑想。
全体であり、細部に宿る。


コーヒー豆の瞑想 / 2015 / pencil on paper / 27.3×27.3cm
犬の瞑想 / 2015 / pencil on paper / 22.0×27.3cm 


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2016年6月8日水曜日

あるものを出せばいいんだよ


久しぶりに水彩絵具で絵を描き始めたのをきっかけに、

今度は鉛筆でこの絵を描き始めました。

ずいぶん前から描こうと思っていたイメージでしたが
タイトルは決まっていませんでした。

その頃、私の心の師匠の一人が言いました。

「みんな変わりたいと言うけど、
あるものを出せばいいだけなんだけどね。」


あるものを出せばいいんだよ / 2015 / pencil on paper / 27.3×27.3cm

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2016年5月31日火曜日

道具とかブランクとか関係なく、やってしまうこと


この作品は前回描いた絵から5年ほど経ってから描いています。



この間、作品を作るということは特にしていませんでした。



会社でデザインに関する仕事をしていたので、

目だけは衰えていなかったといってもいいかもしれません。



描く環境も変化し、

油絵具から水彩絵具に画材も変え、

自分の身長ほどのキャンバスから木炭紙大のサイズに意識に変え、

ちゃんとかけるかなぁ、なんて思いつつ筆をとると、

なんだかんだいいながら完成しました。



この絵のタイトルは「彼女が泣いていても、笑っていることと変わらない」です。



描き出すまでにこんなに時間がかかってしまったものの、

それでも描くことになったのは、

描きたいビジョンとともに

メッセージがあったからです。



例えば音楽で、

歌詞のある曲というのは、

誰かや何かを思って書いていることが多いです。



わたしが描く絵には、歌詞(メッセージ)があるんだと、

そういえば思い出しました。



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先日、みんなで自分の好きなことについて話す機会がありました。

「絵を描くこと」

と言ってしまうのは以前からなんだか違和感がありました。



私が好きなことは、

感覚を使って表現することと

伝えたいことを伝えること。



何も考えなくても勝手に手が動き、

次にどこを描いていいかわかる感覚。

見た人につくったものを通してそっと伝えること。



不思議なんですが、何度も忘れてしまうんです。

知らないうちに絵を描くのが好きなんだと自分で思っているし、

はたからみても、絵を描くことが好きな人なんだと思われている。

(もちろん画材を触っているだけでときめいていますが。)



でも好きなこととはこういうこと。



好きなことをしているはずなのに、なんだかやる気がおきないときは、

自分が使っている道具を通して、どんな好きなことをしているのか、

思い出してみるといいのではと思います。



そして、そういうことは姿や方法を変えてでも

あなたから表現されいるのかもしれません。




彼女が泣いていても、笑っていることと変わらない
2015 / watercolor on paper / 53.0×45.5cm

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2016年4月26日火曜日

いつか来たことのある場所



初めて来た場所なのに懐かしかったり
来たことがあるような気がする場所。

国や性別や年齢も関係なく、
どこかで繋がっていると感じられる風景や存在。

行ったこともないけど、
会ったこともないけど、
よく知っている、気がする。



わたしはフランスの海辺に立つ女の子だったかもしれないし、
わたしは日本の桜の下を歩く男の子だったかもしれなかった。

今回は経験しなかった人生さえも、
本当は深くつながっていたのだと、
今あるかけがえのないものを生きながら
多次元的に生きてみる。

Japanese Emerging Artists’ Exhibition in NY 3rd “Other Painting”
WILLIAMSBURG ART & HISTORICAL CENTER


akashic record / 2008 / oil on cotton / 72.7×91.0cm

akashic record / 2010 / oil on cotton / 72.8×103.0cm


2016年3月20日日曜日

初心に還る




何を描こうかな...と考え込んで描けない時は、

目の前にある、心のひかれるものを

淡々と描いていくのがいいかもしれないと

時々思ってそうしてみる。




書道で言えば、臨書のような、

私にとっては基本となる表現なのかもしれない。


ある書道家の方が言っていたが、

普段書いている臨書(手本を見てそのとおりに書くこと)での姿勢が

自運(書く人の意志のままに自由に筆を運ぶこと)にも出てしまうとのこと。


そして、臨書はただ手本をまねて書くということではなく、

そこにはたくさんの創造性があるとのこと。


いつだって目の前には多くの豊かさが広がっているのかもしれない。


amaryllis / 2009 / oil on cotton / 72.7×60.6cm
green necklace / 2009 / oil on cotton / 45.5×53.0cm


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http://www.emiimazeki.info/

2016年3月15日火曜日

たゆたう水のあるところ



流れがあるような川とはちょっと違って

たまった水のあるところは

自分の内側や底の部分に向き合わせてくれる場所のような気がする。



心が落ち着かない時は、

たゆたう水のあるところに行くといいのかもしれない。


きっとその水面に今あなたが見ている世界や、

自分の底にうごめくエネルギーを

見せてくれるかもしれない。


akashic record / 2007 / oil on cotton / 90.9×72.7cm 
akashic record / 2008 / oil on cotton / 65.2×91.0cm


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2016年3月2日水曜日

永すぎた春


ふたりは親子でしょうか。
もしくは全く知らない他人でしょうか。

駅のホームから桜を眺めています。 

ふたりの身を包むシックな色のコートやスーツ、
そしてふたりの背中からも
新しい季節の始まりを感じさせます。



住み慣れた場所から少しずつ物を運び込んだ時の
そこにある物の佇む姿、空間から
そこに残された気持ちに気づくことがあるかもしれません。


レースの模様を描くとき
妙に途方に暮れてしまう感覚がありましたが、
その絵に背を向け、数歩進み、またその絵と向き合うと、
確かにそこには在る、ということが感じられました。


いろんなことがあったかもしれないけど
歩んできた道のりが一瞬でよみがえり、
それを感じきった時、
永すぎた春に終わりを告げる。

また新たな季節の始まりです。

背景を描かない作品から、
背景を描くようになってもなお、
表現しようとしていることは通じていると実感した作品でもありました。


永すぎた春 no.1 / 2004 / oil on cotton / 162.0×130.3cm
永すぎた春 no.2 / 2004 / oil on cotton / 126.0×150.0cm 
見過ごすための人を思う / 2003 / oil on cotton / 106.0×92.0cm  
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